誰だって変わることができる

平生

地下鉄の中で2人の若い男性に絡まれて困っている二十歳前後の女性は足が不自由なようでドア隅に追い詰められて震えていました。
誰も助けようとしない、見て見ぬふりをしている、そんな状態の中、彼女を助けたのは50歳近くの強面の男性。
すごむ若者を相手に「文句があるなら新宿の〇〇〇に来い。いつでも相手になってやる!」と言い、女性を電車から降ろし改札口まで送ると、自分は名乗ることもせずにまた電車に乗ってどこかへ行ってしまいました。
後日、老舗大手メーカーの秘書室長が新宿の〇〇〇を訪ね、50歳近くの強面の男性はいるかとその風貌を伝え尋ねました。
「え? 何か問題起こしたのか?」
対応に当たった社員も支店長も慌てますが、そんな人ではないし・・・
秘書室長から事情を聴いた支店長は、「ああ、彼ならそうかもしれないな。」ととてもとても誇らしく思い涙が溢れてきたそうです。
あの絡まれていた女性はそのメーカー会長の孫娘さん。話を聞き、感動と感謝でいっぱいになった会長、社長(女性の父)は、その後、無条件で新宿の強面男性に仕事をお願いするようになりました。
「彼がやる事だったら間違いないと信用できるから。値段とか、そんなものはどうでもいい。彼が提示する値段だったら、それが妥当なのだと信じることができるから。」

台風19号が日本列島に牙を向くその前日、新幹線はどれも満席。
自由席、普通席はもちろん、グリーン車も満席で立ったままの乗客もいました。
混乱を予想してグリーン車を予め予約していた出張帰りの女性は、多少の遅延があってもこれで仕事をしながら東京へ帰ることができると思っていました。
しかし想像以上の車内の混雑。
彼女のすぐ近くには小さな子供連れの妊婦さんが立ったまま乗っていました。
恐らく指定席を手に入れることができず、やむを得ずの乗車だったのかと思われます。
その近くには、3歳くらいの子どもを隣の座らせた母親がスマホをずっと見ながら、周囲にはまるで無関心に座っていました。
「あの子を膝の上に乗せて、妊婦さんに席を分けてあげればいいのに。」
出張帰りの女性はそう思いましたが、すぐに考え直しました。
若い母親を否定していて、自分は座ったまま仕事をしている。仕事をしているからと言い訳しているに過ぎないんじゃないか。
妊婦さんに席を譲ろうと身の回りを片付け始めた時、隣の座っていた男性がそれを止めるように囁きます。
「あなたが譲ることないですよ。あの人はグリーン料金払っていないんですから。あなただって仕事帰りで疲れているでしょう。そのまま座っていた方がいいですよ。いつ東京に着くかもこの遅れではわからないですからね。」
彼女にはそれが悪魔の囁きに聞こえました。
そしてそれが背中を押し、彼女は笑顔で妊婦さんに席を譲りました。
「どうぞ。小さなお子さん連れでは大変でしたね。」
互いに名乗ることはなかったのですが、三連休明けの初日、彼女の会社に1本の電話がかかってきました。
それはあの隣に座っていた男性からでした。
席を譲ったその一部始終を見ていた男性は、彼女が仕事をしていた書類をチラリと見た時に彼女が勤める会社名を目に留め、ネットで調べて連絡をしてきたのでした。
「お仕事をお願いしたいのですが。」
戸惑う彼女に男性はハッキリと言いました。
「あなただったら安心してお願いできると思ったので。」

平生こそが大切。
そして平生こそが見られている。
お客様だから、知っている人だから、あの人には良くしていた方が後々メリットがあるから、など、そんな理由ではなく、常日頃、誰であってもどう接しているかが大切です。
そのためには、自分がどんな心の持ちようでいるかの確固たるモノも必要です。
しかしそれは難しい事ではありません。
子供の頃、大人から教えてもらったこと。小学校の道徳の時間に習ったこと。
そんな当たり前のことで良いのです。

困っている人がいたら親切にしましょう。
挨拶はきちんとしましょう。
誰にでも分け隔てなく丁寧に接しましょう。
礼儀正しくありましょう。

もしかしたら私たち大人よりも子供たちの方が「できている」かもしれません。
あなたの平生は胸を張れるものですか?

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