「教える」のではなく「育む」人

インフィニティについて

「教育」とは教え、育むこと。

「教える」とは知識や技術、スキルなどであり、それらはEラーニングでも可能である。
一方、「育む」とは、一人一人に対し、その人が持っている可能性を引き出し、
それを大きく花開かせることであり、
当然のことながら、それぞれ育むものは人によって異なる。

一つのヒントを与え、そこから何を感じ、何に気づくかはその人次第。
こちらが感じてほしいコト、気づいてほしいコトをコントロールするのではなく、
全てを相手に任せる。委ねる。
そのためには相手の可能性を信じる。
この人には無限の可能性があるのだと。

「参加型社会宣言」の著者であり、デジタルメディア研究所 代表の橘川幸夫さんの言葉です。

私の仕事は教育ではないと常々思っていました。
今もそこに変わりはありません。
何故なら、「教える」はしていないし、できないから。

しかし、「育む」ことは私の活動全般に言えることであり、
相手の可能性を信じて任せる、委ねることは、その取り組みの根幹です。

育むにはただ、信じて委ねるだけでなく、
そこには相手への尊敬と愛情が必要です。
昔の教育者がそうであったように、育む人こそがまず、
自らを整え、襟を正し、
育むことが十分に可能なその余裕を担保しなければなりません。

「私は何者なのか」
お盆を迎え、そんなことを改めて考えるのでした。

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