社員の生き方のために仕事がある!

その他

会社のミッションを腹落ちさせ、そこに向かって進んでいくのが大切だ!

ごく一般的に語られていることです。

この仕事はどれだけ世の中にためになるのか。
それは日本のみならず世界のため、地球だけでなく宇宙のためでもあり、
大きな意味・意義・大義があるのだと。
皆がミッションに共感をすることで一つにまとまり、
大きな成果を出すことができるのだと。


ある企業様で管理職トレーニングの打ち合わせをしていた時、
こんなメッセージを頂きました。
「『自分のために』とか言ってるヤツはダメなんです。
『会社のために』何が何でも必死でやる!というヤツを育ててください。」


確かに組織(会社)で働いている以上、
理念やビジョン・ミッションを腹落ちさせて結果を出す、
その考えに異論はありません。
しかし、そのために個人は後回し、犠牲にして良いのか、
ということです。

組織人である以上、目標達成が求められるのは当たり前。
そのためには自分のモチベーションアップも大切だから、
例え困難な内容の仕事であっても自分にとっての意味づけを行い、
前向きに取り組んでいこうね。
意味づけがきちんとできれば、個を犠牲にしたという感覚はなくなるよね。

かつて、私はこんな風にお伝えしていました。
「意味づけることが大切なのだ!」 と。


今も、これが間違えだとは言いません。
ただ、じゃあ、私がこんな風に言われて、
「そうだ!そうだ!その通り!」と心の奥底から思うかと問われれば、
「思わない!」のです。


今、私が思うこと。それは、
「社員の生き方のために仕事がある!」
です。

仕事のために社員が意味づけして社員がそこに合わせるのではなく、
仕事は社員の人生を豊かにするための手段である、
という考え方です。

かつては「お国のために」ではありませんが、
「会社のために」「チームのために」は当たり前で
誰もがそう思って(または、思おうとして)取り組んでいました。
そう思えないことがまるで悪であるかのように、
忠誠を求められたり、「会社のために」を強いられることもあったでしょう。
貢献が大切。利他が大切なのだと。

しかし、私は思うのです。
自分が充実していて、心が豊かであって初めて、他人の事を思いやれるのであり、
自己犠牲の上に物事が成り立つことは、聖人君子でない限りはあり得ない。
だったら、堂々と自分を満たし、
それから他人や会社や世の中を思えば良いのだと。
個人の充実、幸せがあって、初めて、他者に対しても与える余白ができるのだと思います。

誰もが自分の人生を豊かなものにしたいと願っています。
(金銭的にではなく、心の豊かさと言う意味で)

そうであるならば、
仕事に個人を合わせるのではなく、
個人の豊かさのために仕事があると考えた方がいたってシンプル。
そのために、会社はどうするのか、個人はどうするのか
と進んでいった方が、私は良いと考えます。

どちらが正しくて、どちらが間違いということではありません。
ただ、豊かな人生を歩んでいくために、どちらの考え方よりしっくりくるか、
ということです。

あなたは自分の人生を豊かにするために、
どちらの考え方を選びますか?

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