決定権は誰にある?

マネジメントこぼれ話 誰だって変わることができる

「Aさんのその困りごと、〇〇すると良いと思う。
手伝ってあげるから、△△をやってみて。」

Aさんが抱えている問題に対して、親身になって一緒に解決してあげようと
一生懸命なKさんです。


「Aさんのその問題、XプランかYプランでどうかなと思うんだけど。
どっちも手伝えるけど、プラン決めるのもサポート決めるのもAさんだから。」

Aさんの問題に対して、やはり一生懸命なMさんです。


KさんとMさんの決定的違いは、
Mさんの「決定権はAさんにある」というスタンスに対して、
Kさんは「決め打ち」であることです。

Kさん自身に押し付けている意識はないのでしょうが、
Aさんから見れば、押し付け以外の何物でもありません。
「気持ちはありがたいし、問題解決もしたいけど、
『自分で決めたい』し、『自分のやり方』も考えたい」
と心の中でプチ不満が芽生えてしまうようです。

一方、Mさんはどんな時にも「提案」を行い、最終決定はAさんに委ねます。
選択肢がない、たった一つの提案の時もありますが、
それでも「〇〇やって」「〇〇やった方がいい」ではなく、
「〇〇という案があるよね」と、判断の土俵に考えを乗せ、
どうするかはAさんに任せるという姿勢を貫くのです。

おかげでどんな時にもAさんは自分で決めることができ、
その行動にも結果にも、責任を持つことができるのです。

Aさんが自律していなければ、Kさんの対応の方がラクチンかもしれません。
しかし、Kさんの案に乗って進んでいくということは、
上手くいかなくってもKさんの責任、
自分が乗り気でなくってもKさんの責任なのです。
依存が生む副産物は、AさんとKさんの関係性にも良からぬ影響を与える可能性があります。

Aさんが自律してなければ、Mさんの対応はしんどいと感じるでしょう。
「自分で決める」ということは「自分で責任を取る」ということであり、
あれこれ言い訳しづらくなります。
依存傾向がある人にとっては、Mさんの提案は優しくないと感じるかもしれません。

あなたがAさんだったら、KさんとMさん、どちらのサポートを受けたいですか?
あなたがサポートする立場だったら、KさんとMさん、どちらのスタンスを選びますか?

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